社長ブログ”千客万來”

フェアであるという事

もう30年も前の事になるが、仕事で1年間ロンドン
シップブローカーの事務所に出向していた事がある。
入社2年目という多感な時期に異文化圏で、それも英国人やフィリピン人、
韓国人と机を並べて仕事ができた事は本当に貴重な経験であり、
行かせてくれた会社、上司には遅ればせながら感謝、感謝である。

 ロンドンは今も海運業の中心都市であり、バルチック海運取引所(Baltic Exchange)
というブローカーが情報交換する、由緒正しき集会所が有り、
ブローカーのステータスは日本とは比べ物にならないほど高く、
彼らは自分たちの職業に誇りを持っている。
そのブローカーから教わった事で今も心に刻まれている事は、
「フェアであれ」ということである。

 彼らが商談をする時にこの「フェア」という言葉が頻繁に使われ、
ブローカーとして「フェア」な取引を仲立ちし、当事者全てがハッピーになる事で
彼らの「ジェントルマン」としての自己実現がなされて行くように感じた。
「フェアネス」とは何かと聞かれれば、それは生きる為のルールであり、
「フェア」である事は自分自身との契りだと思う。

しかし、自分も含め人間とは弱いものであり、
時に奇妙な「力関係」を振りかざし、アンフェアな振舞いをしてしまうことがある。
力関係の優位を得る事により、アンフェアが許されると錯覚してしまうのだ。

 フェアであることで、人は人に対して優しくなり、思いやりを持てるようになれる。
そして相手のやる気や善意を引き出す事もできる。
我々も「フェア」な仕事を通じて、お客様との良好な関係を築き上げたいと思う。
英国で学んだジェントルマンシップが富山県トラックの企業風土となる為に。

吉澤 比佐志



現在は超高層ビルが建つ

東日本大震災に想う

 3月11日に発生した大震災から1カ月が経過した。
被災者の皆様には心よりお見舞い申し上げます。日々皆様の生活に希望の光が増します事をお祈り申し上げます。 

 1か月が過ぎた今も原発の放射能漏れは解決されず、国民はこれをどのように受け止めれば良いのか困惑している。
われわれはこれまで、「原発は絶対安心」「原発は絶対に必要」と叩き込まれてきた。
しかしそこには、「大きな自然災害が起こらなければ」という大前提があったのだ。
まるで、ロシアンルーレットのような話である。 

 昨日保安院は事故の評価尺度がレベル7だったと発表した。
事故当初から「チェルノブイリ級ではない」と繰り返してきたが、実際には3月の中旬には既にレベル7の放射線物質が出ていた。
しかし、「健康には影響が無い」を繰り返していた為、発表できなかったと推察される。 
また政府は、福島第一原子力発電所から半径20km圏外の一部地域を、「計画的避難区域」として地域住民を避難させると発表した。これも今までは、屋内待機や安全とされていた地域だ。 
被災者の方たちは地震・津波という自然災害については、受け入れざるを得ないと思う。
しかし、残念ながら原発事故は人災である。
人災であるからこそ、国民の安全や日本の信頼を真に慮る人たちが、自分たちの仕事に対する誇りを懸けて解決しなければならない。
しかし、当事者たちは、国民の安全より、個人や自分の所属する組織の安全を優先している様に思えてくる。
その中命懸けで事故処理にあたっている人たちは、自衛隊、消防、下請け企業などであり、原因を作った人たちではない事を忘れてはならない。 

「国を支えて、国に頼らず」
 福沢諭吉の言葉である。

 現状を嘆く小生に、友人がアドバイスをくれた。今の日本に生きる我々の行動指針をこれほど端的に示す言葉は無い。
日本人一人ひとりが現状を真摯に受け止め、誰かに頼ることなく今何をなすべきかを考え、自分の道を自分で切り開く知恵と勇気を持ち行動を起こすのだ。それがこの国に新しい夜明けをもたらすと確信する。

吉澤 比佐志

旅客機内の携帯電話使用

国土交通省は今年4月から、現在旅客機の運航に支障があるとして機内での使用が禁止されている携帯電話について離陸前着陸後の乗客が乗り降りしている間に限って使用を認めることにしたそうだ。
「機内でも携帯電話を使いたい」という要望を受けて、国土交通省が専門の研究所で安全性を詳しく検証したところ、空港に止まっている間は携帯電話などを使っても旅客機の機器に 支障のないことが確認できたからということらしい。

国際線などでは使用の認められている路線も多くなってきたと聞く。
確かに利便性は高まるかも知れないが日本の国内線でそこまでの必要性があるのだろうか?

個人的な感情ではあるが、他人の携帯電話の会話は耳障りだ。
禁止されていないところであっても、大声で通話をしている人を見ると、何となく不快になってしまう。公共の場所で静寂を保つというのは当たり前のマナーだと思うからだ。どうしても必要なら、人のいないところに移動して電話をするとかメールを利用するとか、解決策はいくらでもある。その配慮もできない無神経さには閉口する。

航空各社は
「乗客の利便性が高まる一方、ほかの乗客の迷惑になるおそれもあるので、 マナーの面も考慮しながら検討したい」
としているが、どんな対応をするのか興味津々である。

「使いたい」というのが要望なら、「やめて欲しい」というのも正当な要望である。
JRのような「携帯電話はデッキで」等と言う誰も守らない様なルールではなく、禁止を含めた納得のできるルールを作ってほしいものである。

吉澤 比佐志

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白鵬の連勝止まる

横綱白鵬が去る11月16日、九州場所の2日目に稀勢の里に敗れ、連勝が「63」でストップした。TVのにわか解説者達は「さもありなん」と口を揃えたが、私もその一人だ。

白鵬自身は場所前、双葉山の連勝記録「69」の更新にかなりの自信があったのだと思う。
その白鵬が場所前の11月5日、双葉山の生家のある大分県宇佐市を訪れた。
曰く「勝って恩返し、という言葉がある。(記録を)越えるかは分からないが、角界と双葉関に恩返ししたい」
その訪問を知った地元の人々からは「正直越えて欲しくない」と本音が出た。

なぜ、あのタイミングで白鵬が双葉山の故郷を訪問したのか、私には全く理解できなかった。
普通なら、勝ってお礼が順序である。
何かいやな予感がした。あの時点では、誰が見ても序盤戦で白鵬を撃破できそうな力士はいなかった。白鵬もそう思ったと思う。
「このまま行けば、ほぼ確実に自分は記録を更新する、前人未到と思われた大記録を外国人力士である自分が。」
その遠慮、迷いのようなものが白鵬の心の中に生じたのではあるまいか。その思いが、白鵬を大分に向かわせたように思えた。勝負以外の雑念が生じたのである。

「もしかして負けるんじゃないか?」
本当にそう思った。

稀勢の里との相撲内容も、本来の白鵬であれば何度も勝ちパターンに変えるチャンスがあった。まるで自ら劣勢を誘い込んでいるような最悪の相撲だった。気がつけば土俵の外に押し出されもんどりを打っていた。そして夢から覚めたかのような目つきで一瞬、観客席に座り込んでしまった。

当然のことだが、連敗ストップは号外が出る大ニュースになった。敗戦後白鵬は「こんなものだと思う」と語り、自分が限界まで頑張った胸の内を吐露した。
しかし、翌日のワイドショーでは、出演者たちが「まだ若いからもう一度挑戦して欲しい。」等と呑気な事を言っていた。相変わらず外野は無責任で、数字や結果でしか物事を見ない。
後世語り継がれるであろうこの偉業から、何かを学ぼうという姿勢が感じられない。

昭和14年の春場所、「69」で連勝の止まった双葉山は負けた日を含め3連敗し、結果的には4敗を喫している。
一方白鵬は3日目から全勝して、14勝1敗となり、優勝した。その事は絶賛に値する。

数字では越えられなかったが、心の強さで越えたのだと思う。これは白鵬にとって大きな自信につながるだろう。そして日本人の殆どは今後の彼の活躍を違和感なく受け入れると思う。
これからの白鵬の相撲が楽しみだ。

吉澤 比佐志

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感謝の心

富山市の中心部を流れる「いたち川」沿いの石倉町に石倉延命地蔵尊があり、その脇に「幻の延命水」が湧き出ている。その水には様々な効果があるとされ、そのご利益を求めて連日多くの人たちが引っ切りなしに訪れている。

私も先日水を求めて出かけたのだが、驚いた事に多くの人は、水だけをせっせと汲み、傍らに立つお地蔵さまには見向きもしない。
そして汲み終わると車に水を積込み足早に立ち去ってしまうのだ。
それらの人々はお世辞にも若いとは言えない世代である。

お地蔵さまの水を頂いておきながら、お礼もしないとは何という事だろうか!
どのようなご利益を求めているのかは、わからない。中には商売に使っている人たちもいると聞く。
しかし、自分だけが良くなる事しか考えていないように思えてしまう。

3000メートルの立山連峰から流れ出る豊富な水、水汲み場やお地蔵さまのお世話をされている方々、どれをとっても「有難い」
皆が「ありがとう」とお地蔵さまにお礼を言って帰れるようになれば、富山はもっと素敵な町になるのかもしれない。
少なくとも県トラの社員にはそんな気持ちが持てる人になってもらいたい




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